賢者が賢者である理由は、愚者がいるからである。
人がみんな賢者であれば賢者という言葉はなく、人がみんな愚者であれば愚者という言葉はない。
これは賢と愚は元々一つのものということだ。
賢があれば愚が必ず有り、愚があれば賢が必ずある。
賢と愚は斧と柄のようなものだ。
斧が役に立つのは、柄があるからである。
賢者が認めれれるのは、愚者がいるからである。
人は賢と愚とが一体である事を理解し、賢者は愚者を養い、愚者は賢者に従うのがよい。
孟子が「中が不中を養い、才が不才を養う」と言っている。まさにこのことである。
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